一輪奏

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 一人の絵師を連れたコスメたちの一行が志岐に到着したのは、それから数日後だった。
「狩野内膳と申しまらする。ハビアン殿のことは高井殿から伺うてござる」
 絵師と聞いて、ハビアンは線の細い文人ふうの姿を勝手に想像していた。ところが目の前で挨拶をした男は思いのほかたくましく、面構えにもどことなく厳しさを感じた。自分よりもやや年下だろうか。絵筆より槍を持った方が似合いそうな風情があった。
「恥ずかしながら、絵師の方々についてはよう存じまらせぬ。身共が存じているのは狩野永徳殿くらいで」
「永徳はおととし身罷りまらした」
 ハビアンは思わず言葉に詰まった。
「それは……何と」
「何、今は子の光信が跡を継いでござる。身共は絵師の家の出ではござないが、永徳の祖父から指南を受け、狩野姓を許されまらした」
「コスメ殿とは九州(しも)で知り合うたと聞きまらしたれども」
 ええ、と内膳が答えた。
「太閤様がいよいよ朝鮮へ兵を出さるるにあたり、肥前の名護屋に城を築いておいででござる。それがしや光信が障壁画を描くよう仰せつかり、京から下って参りまらした」
「名護屋でござるか。それは……随分大掛かりな城になりまらしょうか」
「なかなか。京の聚楽第にも肩を並ぶる城になると聞き及うでござる。主だったお大名方も軍勢を率いて参上なされば、名護屋は一大城下になりまらしょうず」
 ハビアンは胸中がざわついた。名護屋城を聚楽第並に飾り立てるということは、太閤秀吉が入城するということだ。コンパニアで秀吉の唐入りを肯定的に見る者はいない。九州のイエズス会士やキリシタンが秀吉の目につきやすくなるのはもちろん、九州のキリシタン大名が朝鮮や明国で領土を得るということにでもなれば、その後釜としてこの地に入るのは異教徒(ゼンチョ)の殿になる可能性が高い。良い結果にはなりそうになかった。
「失礼。このような話は長袖の方々には面白うござるまいの」
 ハビアンの顔が曇ったのが分かったのか、内膳は話題を変えた。
「それは木綿でござるか」
「え?」
「お召しの法衣でござる。絹には見えまらせぬが」
 内膳はハビアンが着ている詰襟の修道服とその上の胴服を、目で記録を取るかのように見ている。
「ああ、はい。絹は贅沢でござるほどに」
「やはりここへ来てようござった。近頃は都でも伴天連を見かけぬようになって、着物などをよう見たいと思うても叶いまらせぬ。高井殿も南蛮の法衣をお召しではなかったし……」
 先ほど久しぶりに会ったコスメは、小袖袴に脚絆をつけ、笠をかぶり、帯刀までした侍同様のなりだった。
「近頃はみな法衣では出歩かぬようにしておりまらする。たい――キリシタンへの風当たりが強うござるほどに。天草ならば差支えござなけれども」
 太閤様の目が厳しいと言いかけて、ハビアンはとっさに言い直した。善良な絵描きに見えても、秀吉の気に入りだということを忘れてはいけない。
「昔は、黒い法衣の伴天連衆をあちこちで目にいたしまらしたれどものう」
 内膳が遠い目をしたように見えた。正直、コスメが侍のような出で立ちで帰ってきたのにはハビアンも面食らい、そこまでせねばならぬのかと思った。だが可能な限り目立たないようにするためには、今はそうせざるを得ないのだろう。


「ほう、やはり南蛮の絵は違いまらするのう。絵の具も、描き様(よう)も」
画工たちの作業風景や壁に掛けられた聖画を、内膳は一つ一つ観察して回った。そのうち、内膳の視線が部屋の隅で止まった。トマスが書物を広げ、小さな声で音読していた。
「ハビアン殿、あの童(わらんべ)は」
「ああ、トマスと申して近在の子でござる。ときどきここへ来てはああして本を読んだり、書き写いたりして読み書きの稽古をしておりまらする」
 ハビアンはそう説明したが、内膳はなおもトマスを凝視している。
「近在というと、生まれもこの辺りでござるか」
 トマスの何がそんなに気になるのか、ハビアンには分かりかねた。
「前に話したときには、母御が摂津の出じゃと聞いてござれども」
 摂津、と聞いた内膳が目を見張る。
「年は」
「今年で十三と……あの、それがどうかいたしまらしたか」
「ああ、いや、ちっとどこかで見た顔のような気が致いて……ここは天草じゃというに、むさとしたことを申しまらした。他人の空似でござろうず」
 ハビアンに不審な顔をされ、内膳はわざとらしく明るい声を出した。
「狩野内膳殿。ちっとお伺いしたいことがござる」
 声を掛けてきたのは、画工の一人だった。
「内膳殿は獅子を描かれたことがおありか?」
「それがしはござないが、永徳が以前屏風に描いてござった。このように――」
 説明を始めた内膳に画工が絵筆を渡し、実演が始まった。ほかの画工たちも集まってきて人の輪ができた。


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by stan-nak | 2015-03-19 23:33 | 小説「海からの風」 | Comments(0)

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