一輪奏

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 布教の道が再び開けるかもしれないという希望は、長くはもたなかった。

 四月初め、謁見を無事に終えた使節とヴァリニャーノが加津佐に戻ってしばらくは、伊東マンショが関白殿に召し抱えられそうになったとか、使節による南蛮の楽器演奏を関白殿が非常に気に入り、何度も繰り返させたといった話題でコレジオは賑わった。
 ところが、都に残してきたオルガンティノ、ジョアン・ロドリゲス、コスメらのイエズス会士や、黒田孝高らキリシタン大名からの書状が、状況の急変を告げた。秀吉の側近でキリシタン嫌いの施薬院全宗(やくいん ぜんそう)が、

――使節などと言うのは大嘘で、四人の若者もバテレンも南蛮へなど行っていない、関白殿の機嫌を取るために豪勢な行列を仕立て、献上品を持ってきて一芝居打ったのだ――

 と秀吉に吹き込んだという。これにより秀吉は激怒し、国内のバテレンを一人残らず追放すると口走った。ロドリゲスやコスメが秀吉周辺の有力者を頼り、火消しに回っていたが、事態はなかなか好転していないようだった。
 さらには、イエズス会が学校を置いている大村や有馬の領地も没収されるらしい、パードレはみな首を刎ねられるらしい、などという噂すら飛び交う始末で、都から書状が届く度にヴァリニャーノの表情は沈鬱になっていった。
 花や鳥が春を謳歌し、復活祭も近いというのに、ハビアンや会士たちは十字架や信心具を目立つ所に置かないようにとキリシタン衆を説得して回らねばならなかった。信徒の安全のためとはいえ、ハビアンは気が滅入った。

 温泉にでも浸かって体を休めては、と勧められたのは、小浜一帯のキリシタンのまとめ役を訪ねたときだった。島原半島を加津佐から海沿いにやや北上した小浜は、湯量の多い温泉地として知られていた。そんなに疲れて見えたのか、などとぼんやり考えながら、ハビアンは眺めがよいと教えてもらった場所に着いた。山を背にした海岸に簡単な小屋が立ててあり、中から湯気が上がっているのが見えた。海を眺めながら湯に浸かることができるというわけである。
 湯帷子(ゆかたびら)一枚になって小屋に入ると、先客がいた。がっしりとした体格に精悍な顔つきの男が三人、年は自分と同じかやや年上か。いずれも広々と月代を剃ってひげを生やしている。武士だ。
 六つの目がハビアンを見た。
「これはこれは、坊様も温泉にお入りか」
 一人が快活に言う。修道服を着ていない坊主頭のハビアンを、仏僧だと思ったらしい。
「有馬領はみなキリシタンじゃと思うていたが」
 別の武士が口を挟む。有馬の殿の侍ではないのか。この口ぶりでは、キリシタンではなさそうだ。三人の中には、頬に切り傷のある者もいる。
“パードレはみな首を刎ねらるる”
 数日前に耳にした噂が脳裏をよぎった。
「何じゃ、人の顔をじろじろと見て」
 傷のある男がハビアンをにらむ。この場を切り抜ける方法は一つしかない。ハビアンは口を開いた。
「失礼を致いた。向こう傷は武勇の証と聞きまらするほどに、つい見入ってござる。身共は恵春と申す僧でござる。邪魔でなければご一緒致したく」
 男たちの機嫌が直り、ハビアンは湯に招かれた。話をするうち、三人の主君が加藤清正だと分かった。三年ほど前に対岸の肥後熊本城に入った武将だ。少なくとも、キリシタンに好意的だとは聞いたことがない。ハビアンが仏僧を装ったのは正解だった。
「御坊は都のお方か。九州(しも)の訛りがないように聞こゆれども」
「これはお耳がよい。大徳寺でござる。見聞を広みょうとて、旅をしてござる」
 過去に大徳寺にいたことはあるので、全くの嘘ではない。大きな寺の名を出したためか、武士たちが「ほお」と感心の声を上げた。
「禅宗でござるの。身もちっと習い知ってござるぞ。ほれ、あの――眼横鼻直(がんのうびちょく)とか」
「横眼鼻直(おうがんびちょく)ではないのか」
「これ、大徳寺は道元禅師ではあるまじい」
 三人の武士が次々と話し出す。ハビアンは苦笑して、どちらでもようござる、と答えた。
「身らも旅と言うほどではないが、ちっと島原をめぐってみとうての。伴天連(バテレン)宗の寺があると聞いて参ったれども、建物ばかりで人がおらぬ。面白いものではなかったわ」
 伴天連、と聞いてハビアンはぎくりとする。会士や同宿たちは姿を隠していたということか。
「南蛮人を見ょうと思うたにのう」
 口々に武士たちがこぼす。どうやら、物珍しさでコレジオやセミナリオを見物に来たらしい。
「……伴天連宗も近ごろはなりを潜めているとか」
 そうハビアンが言うと、武士たちも話に乗った。
「もともと南蛮の宗門など、日本に根付くものではなかったということよ」
「都で目にした南蛮人など、顔も背丈も日本人とはまるで違う。大きな図体に天狗がごとき鼻、同じ人間とはとても思われぬわ」
「南蛮は天竺より遠いところじゃと聞くが、さように離れていては世の見え方もまるで別物であろうずる。南蛮人が南蛮の神を信ずるは勝手なれども、日本人にまで拝ますることはあるまじい。のう御坊」
 同意を求められ、ハビアンは心中のざわめきを何とか押さえつけた。
「なかなか。日本にはいにしえよりの神仏がござあるほどに、南蛮の宗門など無用と存じまらする」
 この答えに、三人は満足したようだった。熱い湯に浸かっているのに、ひやりとした塊が頭から腹へ落ちていくような気がした。
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by stan-nak | 2013-12-29 01:28 | 小説「海からの風」 | Comments(0)

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