一輪奏

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藤原輔子(大納言典侍)

 基本情報 : 権大納言・藤原国綱(邦綱)の娘(養女)。平重衡の妻。最終官位は従三位典侍(ないしのすけ)、通称「大納言典侍」(だいなごんのすけ)。ちなみに国綱の4代前の藤原惟規(ふじわらの のふのり)は、あの紫式部の兄。

 平家物語に出てくる女性の中で、いちばん好きなのがこの大納言典侍です。重衡の妻にして安徳帝の乳母(といっても彼女は子供を産んでいないので、授乳役ではなく教育係)。

 重衡との描写ももちろん良いんですが、それは「重衡の斬られの事」で散々書いたので、ここでは「能登殿最期の事」での彼女の行動を取り上げてみます。

 壇の浦で二位の尼と安徳帝が入水した後、建礼門院徳子(=女院)も海に入るのですが、源氏の兵が助け上げます。それが熊手で髪を掻き寄せて引っ張り上げるという、いくら戦場で、しかもこの女性が誰か分からなかったとはいえ、「ちょっとどうよ、それ」と言いたくなるような方法です。で、その様子を見た大納言典侍が、源氏の兵に向かってこう叫ぶのです。

 「あなあさまし、それは女院にて渡らせ給ふぞ。過ち仕るな」

 直訳すると「何ということ、それは女院でいらっしゃるぞ。無礼を働くでない」という感じですが(時代劇口調だな…)、とっさの瞬間にこんな悠長な言い方はしなかったはずです。臨場感が出るように意訳すると、

 「汚い手で徳子様に触るんじゃないわよ!」  くらいでしょう。

 本作に登場する貴族の女性が総じておとなしく、お上品である中、典侍局のこの叫びは異彩を放っているといっていい。

 さらにこの直後、典侍局は三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)を抱えて海に飛び込もうとします。別に自害しなくたっていくさで女性が殺されることはないので、自分の命が惜しければホールドアップして「お助け~」と言っていればよかったのですが、典侍局は違いました。上記のように建礼門院の心配をしつつも、三種の神器を源氏に渡してはならないという責任感から行動を起こすのです。もう負けは決まっているけれど、夫・重衡を見捨ててまで平家が持ち続けた三種の神器は何としてでも守らねばならないという使命感です。

 結局、袴の裾を船端に射付けられてしまったので入水は果たせなかったわけですが、ここでの彼女の行動は芯の強さを感じさせます。(射られたのが袿ならパッとそれだけ脱いで飛び込めたんですが、袴だったために脱げなかったのです。うまくできてるよ、平家物語。)

 ちなみに流布本では上記の台詞を叫んだのは典侍局ということになっているのですが、「平家物語」の諸本のうち最も権威のある覚一本(かくいちぼん)では女房たちが口々に言ったことになっています。

「女院はこの御有様を御覧じて、御焼石、御硯左右の御懐に入れて、海へ入らせ給ひたりけるを、渡辺党に源五馬允眤、誰とは知り奉らねども、御髪を熊手に懸て、引上げ奉る。女房達、「あなあさまし、あれは女院にて渡らせ給ふぞ。」と声々口々に申されければ、判官に申して急ぎ御所の御舟へわたし奉る。大納言佐殿は、内侍所の御唐櫃をもて、海へ入らんとし給ひけるが、袴の裾を舟端にいつけられ、蹴纒ひて倒れ給ひたりけるを、兵ども取留め奉る。」(覚一本・巻十一「能登殿最期」)


 が、これだと「それは女院にて…」ではなく「あれは女院にて…」となっている上に、「過ち仕るな」の一言もないため、源氏に向かって言っているというよりはむしろ、「まあ、あれは女院よ!源氏に捕まっちゃったわよ!」と女官同士で嘆きあっているような雰囲気があり、いまいち面白くない。ここはやっぱり典侍局が、「女院に何するのよ!」と敵兵を叱り付けているほうが断然、面白いわけです。直後の彼女の入水未遂と相まって、「行動する女・大納言典侍」の姿をはっきりと見せてくれるので。

 そして、いちばん最後(「女院御往生の事」)まで出番があるのも大納言典侍だったりします。ひっそりと暮らさざるを得なくなった徳子に最後まで付いていたのが彼女で、たとえ誰もが徳子を見捨てて離れて行こうとも、自分はこの人に仕えていくんだという責任感の強さを感じます。こういう誠実さが、彼女のいいところですね。

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by stan-nak | 2013-05-11 15:29 | 人物考―平家 | Comments(0)

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