一輪奏

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6 咸陽宮の事

 昔、中国の燕(えん)の国の太子、丹(たん)が、秦の政王に12年ものあいだ捕らわれていました。あるとき丹が「私は燕に老いた母がおります。どうか私にいとまを下さり、母に会わせてください」と政王に願い出ます。始皇帝は笑って、「お前にいとまを出すのは、馬に角が生え、カラスの頭が白くなったときだ」と言い、全く取り合ってくれません。丹は嘆き、「どうか馬に角が生え、カラスの頭が白くなりますように。故郷に帰り、母に会いたい」と祈ります。するとびっくり、角の生えた馬が宮中に現れ、頭の白いカラスが宮殿の庭に住んだのです。

 政王は驚きながらも、1度言ったことは取り消せず、丹を解放することにします。しかし、途中で丹を殺そうと、燕と秦の間にある川に架かる橋に細工をし、人が渡ると橋が落ちるようにしておきました。そんなこととは知らない丹が橋を渡ると、橋が落ちてしまいます。ところが、平地を行くのと全く同じように歩いていけるではありませんか。どうしたことかと見てみると、亀がずらりと川面に並び、甲羅の上を歩いていけるようにしてくれたのでした。

 怒った政王は、軍を派遣して燕を滅ぼそうとします。これを知った丹は荊軻(けいか)という刺客を雇い、政王を殺すよう命じます。

 燕の国には、樊於期(はんよき)という者がいました。もとは秦の国にいましたが、政王に肉親を殺され、燕の国に逃げていたのです。政王は各地に、樊於期の首と燕の地図を持ってきたものには金五百斤を与えるとお触れを出しました。荊軻が樊於期のもとを訪れ、「そなたの首を私にくれ。首と地図を持って政王に会い、政王が喜んで油断したところを殺そう」と言うと、樊於期は飛び上がって喜び、「政王に肉親を殺されたことを昼も夜も恨みに思っていた。この敵を取ってくれるのなら、私の首など安いものだ」と言い、自ら首を切って命を断ちます。

 また燕の国には、秦舞陽(しんぶよう)という者がいました。これも元は秦の国にいましたが、人を殺して燕に逃げ込んでいました。荊軻は秦舞陽を、秦の国の案内人として連れて行くことにします。

 秦の宮殿、咸陽宮(かんようきゅう)にやってきた2人。荊軻は燕の地図を持ち、秦舞陽は樊於期の首を持って、政王の前に進み出ます。政王が燕の地図を見ているすきに、荊軻は政王の袖をつかみ、剣を胸に突き刺そうとします。

 あわや、と見えたその時、政王は「最後に后の弾く琴の音を聞かせてくれ」と乞います。花陽夫人という后が琴を弾くと、その音色の美しさに荊軻は思わず聞きほれてしまいます。そのすきに荊軻の剣から逃れ、柱の陰に隠れる政王。荊軻は剣を投げつけますが、剣は柱を切っただけ。政王は無事でした。

 荊軻は捕らえられて殺され、秦舞陽も討たれます。やがて燕の国も秦に滅ぼされたのでした。

 このことから、頼朝も平家打倒の兵を挙げても、荊軻のように失敗して逆に討たれてしまうでしょう――と、平家にお世辞を言う人もあったとか、なかったとか。

 ◇ ◇ ◇

 戦国時代(紀元前403~前221年)の中国のお話でした。

 単なるお世辞にしちゃ長いよ、これ!


 それに、樊於期の死が全く無駄になってるよ!


 だいたい、太子丹はどうなったんだよ! 


 
 なんというか……突っ込みどころの多い話です。

 ともあれ平家物語には時々、中国のお話が挿入されます。このエピソードは謡曲の題目にもなっているそうです。
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by stan-nak | 2013-04-10 20:14 | 平家物語 巻五 | Comments(0)

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