一輪奏

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5 宮の御最期の事

 足利忠綱に続いて平家軍が次々と宇治川を渡り、平等院に攻め込みます。

 源頼政は急いで高倉の宮を南都へ向けて出発させ、自らは平等院に留まって平家軍を食い止めることに。頼政の次男・兼綱は七十を過ぎている父を守って戦いますが討死。長男の仲綱も、奮戦するものの負傷し、ついに自害。六条蔵人仲家(ろくじょうのくらんど なかいえ)、その子の仲光も討死します。

 この仲家というのは何者かというと、源義賢の長男で、木曾義仲とは兄弟です。父の義賢が討たれて孤児になったので、頼政が養子としていました。

 話を戻すと、頼政も遂に自害に追い込まれます。

 埋もれ木の花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ悲しかりける

 という辞世の句を残し、太刀を腹に突き刺したのでした。

 一方、「高倉の宮は南都へ逃げたに違いない」と、四、五百騎を連れて宮を追う飛騨守景家(ひだのかみ かげいえ)。案の定、三十騎ばかりで南都を目指していた宮の一行に途中で追いつきます。取り囲んで雨のように射たうちの一矢を宮は腹部に受けて落馬、首を取られてしまいます。

 宮の乳母子・宗信は近くの池に飛び込み、ただただ震えるばかり。景家軍がその場を去ったあと、首を失った高倉の宮の遺骸を見てみれば、腰には大切にしていた笛・小枝(こえだ)が差してありました。

 程なくして南都の僧兵が宮を迎えにやってきますが、時すでに遅し。


 * * *


 高倉の宮(以仁王)の騒動はこの章段でほぼ終了です。担いだ頼政も担がれた高倉の宮も絶命しました。

 戦闘の最中なのに辞世の句を読める頼政、なかなかの風流人ですね。平忠度といい勝負かもしれません。「身」と「実」が掛けてあり、「結局おれはひと花も咲かせられないまま死んでいくんだ…」くらいな意味でしょうか。しかし合戦には負けましたが、頼政は歌人としてのエピソードが説話集なんかによく載っている人です。その意味では、後世に十分名を残した人と言えるのですが…

 それにしても高倉の宮、首を取られてしかも胴体はその場に放置ですよ。謀反を起したからとはいえ、皇族なのにこの扱い。朝敵になるとはどういうことか、というのがよく分かりますね。

 乳母子の宗信がカッコ悪いな~。宮の一大事に、他の従者は「命をばいつの為にか惜しむべき」と奮戦して討死するのに、この人は池に飛び込んで水草まみれになって(というか、隠れるためにあえて水草で身を覆って)震えてるだけなんだもん。しかも宮が殺されて、腰に笛を差したままになっているのが分かっても、景家軍が完全に去らないうちは怖くて動けないんです。後藤兵衛盛長(重衡の乳母子)に匹敵するダメさです。

 この人、本人には責任のないところで立場が悪くなっていくというシンデレラ状態の人物で、気の毒になってしまいます。不遇の身ではありましたが、策謀渦巻く政争の世界には向かない人だったように思います。謀反が露見したときも呑気に満月を眺めていたような人ですから。権力争いに関わらずに生涯を終えれば幸せだったんだろうなあ。

 蛇足ですが、宮の愛用の笛「小枝」は、敦盛の笛「小枝」(さえだ)とはもちろん別物です。「信連合戦の事」で、長谷部信連が宮に届けていました。
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by stan-nak | 2013-04-08 21:02 | 平家物語 巻四 | Comments(0)

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