一輪奏

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 ハビアンがロレンソの姿を再び目にしたのは、イエズス会総協議会の開催を翌日に控えた8月12日だった。杖をついたロレンソがほかのイルマンらと一緒に歩いて来るのを目に留めると、ハビアンはすぐに駆け寄った。
「もし!」
 息を弾ませた声に呼ばれて、ロレンソは足を止めた。
「ロレンソ殿ではござらぬか。ハビアンにござる」
 その顔に疑問の色が浮かんだのを見て、ハビアンは我に返る。
(馬鹿か、身共は。7年前に会うただけでは忘れてもおかしゅうない)
「あの、ええと…。昔、上京の市で説法をお聞きしてござる。ま一度お会いしたいと思うておりまらした」
 おお、さようか、とロレンソが目を細めたとき、コスメの声がした。
「ハビアン殿ー!ヴィジタドールがお呼びでござるぞ!」
 名前を呼ばれ、慌てて返事をする。
「今参る!ロレンソ殿、ではこれにて。慌ただしゅうて申し訳ござらぬ」
 やっとロレンソに会えた。ハビアンは高揚していたが、あの上京の市で琵琶を弾じていたロレンソの精気のようなものが、なぜか感じられなかったことが心に引っかかった。
(あんなに腰が曲がっておられたろうか)
 振り返って見たロレンソは、なんだか小さく見えた。

 コスメに呼ばれて初めて会ったアレッサンドロ・ヴァリニャーノは大柄な男だった。それでいて優しげな目をしていて、威圧感はない。このとき53歳であり、ハビアンから見ると親ほどの年齢と言っても差し支えない。助手か何かなのか、隣に若い宣教師がいた。
「初めてお目にかかります。イルマン・ハビアンです」
「上(カミ)のハビアンだね?コスメから聞いたが、コレジオでは優秀な成績だそうだね。会議では忌憚のない意見を頼むよ」
 ロレンソのような古参のイルマンはともかく、自分やコスメのような若いイルマンまでがなぜ会議に招集されたのか、ハビアンはまだ測りかねていたが、とりあえずは "Sim" (はい)と答えておくしかない。
「ああ、それからこちらは、パードレ・バレト。ポルトガル出身で、使節団の帰国に同行して日本に来られた」
「マヌエル・バレトだ。日本のことはまだ何も分からないので、よろしく」
 紹介されたパードレが右手を差し出し、ハビアン、コスメそれぞれと握手を交わす。"Muito prazer, padre."(お会いできて光栄です、パードレ) とハビアンが言い、コスメも緊張気味に「プラゼール、パードレ」と繰り返した。
「君達は20代かな。マンショやミゲル達よりは年かさのようだ」
「はい、26歳です」
 バレトが目を丸くする。
「おや、じゃあ僕と1つしか変わらないね。僕は27歳だ。東洋人は若く見えるから、年が分からないな。1つ違いなら遠慮は無用だ、何でも気軽に話してくれ。パードレ・ヴァリニャーノには話しにくいこともいろいろあるだろ?」
「こら、一言多いよ、マヌエル」
 ヴァリニャーノが困った顔をすると、バレトは屈託なく笑った。
「冗談ですよ、パードレ。ともかくハビアン、コスメ、また話そう。ぜひ日本語も教えてくれ」
 寝室を見に行くと言って立ち去ったバレトを、ヴァリニャーノはやれやれといった顔で見送った。
「どうもパードレ・バレトは口数が多くてね。日本語と一緒に日本人の落ち着きも学んでくれないかと思うよ」
「気さくな方で、私は好きです」
 コスメの言葉に、ヴァリニャーノの表情が和らいだ。
「それなら良かった。今は坂口の小さな家に寝起きしていてね。ドン・バルトロメオの奥方の屋敷を借りて、ちょっとした日本語学校にするつもりだ。君達もコレジオでの勉強があるとは思うが、空いたときには顔を出してくれ」
 そう言うとヴァリニャーノは、他のパードレと話し始めた。
「ハビアン殿、『顔を出してくれ』というのは」
「日本語を教えい、ということでおりゃるかのう」
 2人は顔を見合わせた。
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by stan-nak | 2013-03-20 15:28 | 小説「海からの風」 | Comments(0)

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