一輪奏

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2 信頼信西を亡ぼさるる議の事

 さて信西を実力行使で排除するには軍勢が要ります。軍勢を動かせる人間ということで真っ先に思いついたのは平清盛ですが、平家は保元の乱で十分に恩賞を得ており、今のところ朝廷に不満はなさそう。信西を失脚させるメリットがありません。

 そこで信頼が目をつけたのが、源義朝です。信頼は義朝に接近し、「私は後白河院の信任が厚いから、そなたさえ望めば官職でも何でも思うままだぞ」と甘い言葉をかけます。

 義朝もこれに乗り気のようで、「そのように仰せくださること、身にあまる喜びです。どんなご命令でも承って、力になりましょう」と心強い返事。

信頼はさらに、新大納言の経宗(つねむね)も味方に引き入れます。

 さらに、信頼に与するのが藤原成親。このときは「越後の中将」と呼ばれています。成親は検非違使別当の惟方(これかた)を始めとし、院の覚えめでたい者達を味方につけていきます。

 こうして着々と信西打倒の企てを進めていく信頼陣営。

 平治元年(1159年)12月4日、清盛が嫡子の重盛を連れて熊野に参詣に出かけ、京を離れます。

 そのとき、遂に信頼が動き出します。信西を倒す意思を義朝に告げる信頼。

 「信西は紀伊の二位の夫たるによって、天下大小事を心のままに申し行ひ、子どもには官加階ほしいままになし与へ、信頼がかたさまの事をば、火をも水に申しなす、讒侫至極(ざんねいしごく)の僻者(ひがもの)なり。この入道久しく天下にあっては、国も傾き世も乱るべき災ひの基(もとひ)なり。君もさは思し召したれども、させる次(ついで)もなければ、御いましめもなし」

 信西は後白河院の乳母の夫という地位を利用して政治を思うままにしている、とんでもない悪者だ。あの坊主に大きな顔をさせていては、国家の危機となり、世も乱れる災いの種。院もお困りでいらっしゃるのだが、これといったきっかけがないものだから信西を排除できずにいるのだ――と、義朝に吹き込みます。さらに、

 「清盛も信西と姻戚関係を結んで、源氏を潰そうとしていると聞く」

 と言い、「信西を放っておいたらお前も危ない」とほのめかします。

 これに対し義朝は、
 「保元に源氏一門の者たちがことごとく処刑され、私一人になってしまったことを考えれば、清盛がそう企んでいたとしても今さら驚きはしません」
 としながらも、
 「しかしそうまでおっしゃるのなら、今が源氏の命運が試されているときなのかもしれません。やってみましょう」
 と、助力を宣言。

 信頼は大喜びで、太刀や馬・鎧を義朝に与えます。

 ◇ ◇ ◇

 前章で書かれているように大して賢くない信頼の誘いになぜ義朝が簡単に乗ってしまったのか、という背景はここでは述べられないのですが、「源氏は私一人になってしまった」と義朝が自分で言っているところに答えがあるのかな、と思います。つまり、源氏はもう外堀を埋められた大坂城のごとく風前の灯火状態になっていて、いつ清盛に亡ぼされてもおかしくなかった。だから何とかして源氏の勢力を盛り返さなければ、という危機感にかられていたんでしょう。そこに信頼が付け込んだわけです。

 それにしても「讒侫至極(ざんねいしごく)の僻者(ひがもの)って、これ以上ないくらいの言いようです。

 この章で、信頼の味方として唐突に登場したのが藤原成親。成親は信頼と同じく後白河院の男色相手ですから、信頼と同じ理由で信西から危険視されていたと考えられます。そこで信頼と利害が一致したのでしょう。「尊卑分脈」によれば成親の妹は信頼に嫁していますから、姻戚としてのつながりもありましたし。
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by stan-nak | 2013-03-06 23:24 | 平治物語 | Comments(0)

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